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最高裁判所第二小法廷 昭和47年(オ)731号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人中島三郎の上告理由二および同四について。

所論は、要するに、訴外舟橋孝郎運転の普通貨物自動車(以下「甲車」という。)と訴外前堀恭宏運転の第二種原動機付自転車(以下「乙車」という。)との間で生じた衝突と右衝突暴走した甲車が上告人の自転車に衝突したこととの間には相当因果関係がないとした原判決には、法令の解釈適用の誤りがある、というにある。

原判決の認定した事実関係は、(1)本件事故は昭和四二年三月二七日午後〇時七分ごろに発生した、(2)本件事故現場は南北に走る国道一七〇号線、幅員約八米、アスファルト全面舗装道路であり、現場の南約五〇〇米から現場の北一五〇米まで約二・五度の下り勾配をなし、現場のすぐ南側にある横断歩道から南約五〇〇米までは東側に約三〇度のカーブとなつていて南方からの見通しはやや不良である、(3)本件事故現場のすぐ南側には、右国道と約三〇度の角度をもつて、北東から西南にのびる幅員三・四米ないし三・六米アスファルト舗装道路がややくい違つて交差する変形交差点があり、交差点には西南にのびる道路入口の北寄りに巾四米の横断歩道が標示されその旨の標識が設置されていて、交差点の見通しは良くない、(4)右横断歩道手前三〇米は南北ともに道路標示により追越禁止となつていて、現場道路は最高時速四〇粁に規制されている、(5)訴外前堀は、乙車を運転し前記国道の左端から約一・三米の距離をおいて北進し、前記交差点から北東方向に至る道路に右折しようとして、そのまま右折の合図をすることなく横断歩道を越え約一〇米進行した地点で右折をはかり中央線を越え約一米進出したところ、後方から進行してきた甲車左前部が乙車の右ハンドル附近に接触し、乙車は左側に転倒した、(6)訴外舟橋は、甲車を運転し右国道を北進し本件交差点の南方で中央線を越え先行する自動車を追越したところ、横断歩道にさしかかつており追越禁止区間であることを知り急きよハンドルを切り交差点内で北行車線に入ろうとした際、左前方を進行する乙車が右折を開始したのでハンドルを右に切り急制動をかけ、乙車との衝突を回避しようとした、(7)しかし、回避しきれず乙車の右ハンドル附近に甲車左前部を接触させて乙車を転倒させ、高速度で進行中急激にハンドルを切り急制動をしたため運転の自由を失い、甲車は右交差点北東角附近に設置された道路標識に激突し南行車線東縁にそつてこの間約二〇米暴走し、折柄国道東端を走行していた上告人の自転車をはねとばした後、進路を左にとりながらさらに約二〇米走行し、北行車線に入り前後二か所にわたつて合計四五米に及ぶスリップ痕を残して北行車線を閉塞するような恰好でようやく停止した、(8)甲車の速度は時速六〇粁を優に超えていた、というのである。

原判決は、右事実関係のもとにおいて、道路の中央に寄らず、かつ、合図をしないで右折した乙車の運行が乙車との衝突を回避しようとした甲車の右暴走に条件を与えたことは否定できないが、甲車はそこから約二〇米離れた地点で上告人の自転車をはねとばしているのであつて、制限時速四〇粁の範囲内で走行する自動車であれば右のような衝突はありえず、右衝突は、制限速度をはるかに超えた高速度で追越禁止区域でありしかも見通しも良好とはいえない本件交差点にかけて追越をはかつた甲車の無謀運転に起因するものであつて、通常人の注意をもつてするときは甲車と自転車が右のような状況で衝突することは予見することができないから、乙車の前記右折行為と甲車がこれを避けようとして生じた甲車・自転車の衝突との間には相当因果関係がない、判断し、乙車の運行または過失を前提として自賠法三条または民法七一五条により被上告人らに損害賠償を求める上告人の請求を排斥したものである。

よつて案ずるに、原判決認定の本件事故現場道路の幅員、速度制限、見通し状況、横断歩道による追越禁止区間の設置等の道路状況に照らせば、原判決認定の甲車の走行が違法であることはいうをまたないが、通常予想もできない異常なものとまではいうことができない。のみならず、乙車は交差点内において道路の左側から合図をすることなく、そのまま後続車の接近を確認することもなく右折をしたと認定しているものと解されるのであるから、このような場合後続車の運転者が先行右折車に突然進路をふさがれ、これと衝突・接触の危険を感じて狼狽したため、または現実に衝突・接触して狼狽または怪我をしたためハンドル・ブレーキ等の操作を誤り、あるいはこれらの機構に故障を生ずる等の原因により後続車が暴走し、第三者に衝突することはしばしばみられるところであつて、現に原判決も甲車が高速度で進行中乙車との衝突を回避すべく急激にハンドルを切り急制動をしたために運転の自由を失つたことを認定しているのである。そして、かりに後続車が制限時速四〇粁で走行していたとしても右のような暴走が起こりえないものではない。ことに本件事故現場附近の道路が南から北への下り勾配になつていることは、右暴走の可能性を高めるものといわなければならない。

このように、自動車が他車との衝突・接触により前記のような暴走を誘発し、第三者に損害を与えることがしばしばあることは、自動車、原動機付自転車等を運転する者にとつて容易に認識しうるところである。してみると、原判決の認定した事実関係のもとにおいては、上告人の自転車に対する甲車の本件衝突は、少なくとも原動機付自転車を運転する者の通常の注意をもつてすれば予見可能の範囲内にあるということができ、乙車の前記右折行為と甲車・自転車の衝突との間には、原判決認定の甲車の無謀運転にかかわらず、相当因果関係があるというべきである。したがつて、これを否定した原判決には法令解釈の誤りがあるというべく、この違法は判決の結論に影響することが明らかである。

よつて、他の上告理由に対する判断を省略して原判決を破棄し、さらに審理をつくさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 村上朝一 裁判官 小川信雄)

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